居酒屋にて (小説・ショートストーリー)

「居酒屋にて (小説・ショートストーリー)」

その人は、ちょっと有名な洋菓子屋の息子だった。 もしかしておぼっちゃま?それにしては、なんという、むさくるしさ。 などと思いながら、居酒屋で向かいあって、桜チューハイを飲んでいた。 桜チューハイは、その店のオリジナルだそうで、文字通り桜色したチューハイだった。まるでカクテル、だけど、ビールのジョッキに入っているというダイナミックなチューハイだった。 3杯飲んだら、もうすっかり酔いがまわってきてしまった。

「オレさ、もうやっぱ大学あきらめて、働こうかなあと思うねん、さすがに二浪はキツイしな」

「なにいうてんのん、もう一年がんばってみなよ、せや、よかったら、私が家庭教師したってもええで」

酔いにまかせて、調子のよいことを言ってしまった。

すると、その人はズボンのポケットから鍵を取り出してテーブルの上に置いた。

「これ、オレの家の鍵。オレおやじからもらった一軒家にひとりで住んでんねん」

ふうん。ひとりでね。一軒家に?すごいやん。

「なあ。今からいっしょに来えへんか?」

ちょっと思いつめたような目で言った。

いくらなんでも会ったばかりの人に、ホイホイついて行くような私と違うわ。そんな軽う見んといてよね。 と腹が立ったけど。

このまま別れてしまうのは、ちょっとここと心残りになるような気がした。

つづく